2001年4月から社会情報学部3年の専門ゼミ生がパソコン通訳を用いた講義支援に取り組みました。2002年3月発行の札幌学院評論(第25号)でその成果を新國がエッセイにまとめました。

[PDF版をダウンロード]
0203nikkuni.pdfリアルな講義を伝えたい! 難聴学生へのパソコンによる講義支援
札幌学院大学社会情報学部 新國 三千代
現在、コンピュータは様々な場面で活躍している。ここで紹介する難聴学生に対するパソコンを用いた講義支援もその一つである。難聴学生に対するサポートとしては、従来から筆記通訳者と呼ばれるノートテイカーが活躍している。ノートテイカーは講義を文字にして書き伝える役目をする。通常は、二人が左右について交代で行う。社会情報学部にも今年ノートテイカーの支援を受けるAさんが入学してきた。前期が始まり課題を考えるのに四苦八苦している3年目の専門ゼミ生を前に「パソコンを使って大学の講義をリアルに伝えられないか、ノートテイカーをやりながら考えてみませんか?」と呼びかけてみた。初めて聞く言葉にみんな不安げな様子だったが、幸いにも「僕達、以前から何か役に立つことをやってみたかったのです!」と、山口渉、藤田拓也、吉田将和さんの3人の学生が名乗り出て来た。こうして難聴学生に対するパソコン講義支援プロジェクトが立ち上がった。
前期は、ノートテイカーの経験を積みながら、パソコンがどう使えるかを検討し、後期には実際にパソコンを使って実験をすることにした。ノートテイクは手書きなので話す速度に追いつけない。話されたことすべてを文字にすることは不可能なので、要約した内容を筆記することになる。従って、ある程度その分野の基礎知識が要求される。しかし、既に学んだ先輩達が後輩のノートテイクをすることはそれ程難しくはない。入門書もあり様々なノウハウも蓄積されている。この体験を基に、手書きとは一味違ったリアルな講義の伝え方を考えてみようというのが3人の課題であった。
当初から次のような構想があった。”講義で話されたことをパソコンでキー入力し、それを難聴学生の前に置いたパソコンの画面に即座に表示する。そして、講義終了後にそれを出力してノートとして渡す”というものである。実は、社会情報学部のすべての学生は入学後にキータッチのトレーニングを受けている。初めてパソコンに触る人でも1ヶ月で見ないでキーが打てるようになる。半数以上の学生がワープロ3級程度、10分間に350語以上は打てる。キー入力がこの程度出来ると要約ではなく速記者並に話す内容そのものを文字化することが可能になる。つまりパソコン速記通訳者になれるのである。しかし、漢字変換をするためには専門用語を知っている必要がある。これはプリントや板書を見て補うことができる。専門用語を予め登録しておくか入力時に学習機能を使うことで一発変換も可能になる。いろいろと試みた結果、キー入力はワープロ3級程度であれば誰にでもできることが分かった。つまり、少なくとも社会情報学部の半数の学生はこれを行えることになる。一人15分の目安で2~3人が適宜交代して行うと入力時の負担が軽減化されることも分かった。この方法の利点は、「生の講義に近い内容をリアルタイムで伝えることができる、難聴学生が何人いてもパソコンをLANで繋げば対応可能である、難聴学生の人数に関わらずキー入力者は一組でよい」ことである。場合によっては、大型スクリーンに表示することも可能である。最も威力を発揮するのはビデオなどを使う講義である。暗くても入力と表示は可能だからである。
残る課題は、入力した文字をどうやって見やすく相手の画面にリアルタイムで表示するかということである。Aさんに協力してもらい表示画面をWeb画面やワープロ画面にしたり、文字の大きさや表示行数を変えてみるなど様々な実験を行ってみたがなかなかいいものができない。そんな時、ノートテイカーのボランティアリーダーをしている法学部大学院生の藤掛さんがIPtalk(栗田茂明氏作成)というパソコン筆記用のソフトがあることを教えてくれた。しかも、フリーでインターネットから入手できるという。早速、山口さんがダウンロードして使ってみた。入力用パソコンと表示用パソコンを2台LANケーブルでつなぐと、右図のような画面が両方に出てくる。キー入力者は入力画面の下端の入力部からキー入力し、2回リターンキーを押すと上部の大きな表示画面に文字がスクロールされながら出てくる。表示画面の大きさや文字のフォント、表示行数、色などは使用者が好きなように設定できる。更に、お互いに質問や連絡をする窓も用意されていて、文字を入れると相手が注目するよう赤く塗られた窓が出現し、連絡メッセージが表示されるという優れものである。表示用パソコンは何台でも繋ぐことができる。今まで画面作りに苦労してきた山口さんにとってこのソフトを使いこなすのはお手の物である。
左:入力・表示画面
右:連絡窓
右側:キー入力
左側:表示
しかし、本当にパソコン速記通訳は役に立つのだろうか、講義で使用してみてAさんの意見も聞きたかった。リアルタイムに講義を伝えたいと考えていた3人にとって嬉しい答が返ってきた。Aさんの感想は「講義の雰囲気が伝わってくる。リアルタイムに画面に文字が表示されるのがよい。出力したものをすぐノートとして使える。IPtalkは意見や質問を入力できるのがよい」というものだった。3人とも「自分たちが暗中模索でやってきたことが実際に役に立つんだと分かって嬉しかった」とゼミで発表している。試行錯誤の末に到達した3人の結論は、現時点ではパソコンを使った講義支援にはIPtalkが一番よいというものだった。初めてパソコン速記通訳の講義を受けたBさんは、「一部変換ミスもあったが、リアルタイムで少しはみんなについて行けた感じがした。ノートテイクより情報量が多く、画面を読むのと板書の書き取りの両立は大変だった」と感想を述べている。確かに、情報量が多くて画面と板書を見ながらの講義は大変であろう。しかし、少しでもみんなについて行けたと感じてもらえたことが3人には嬉しかった。講義担当者からも「ここまで講義を再現できれば十分だ。これはかなり有効な支援手段になる」というメールを受け取った。3人は、当初考えた「リアルな講義を伝えたい」という目標を実現する環境は用意できたと感じた。しかし、図上の説明や数式などの通訳はどうするか、ゼミ形式や実習形式ではどのような形態がいいのかなど課題はまだ残っている。図や数式では筆記の方が優れている。ゼミではインターネットのチャットを使った方法も考えられる。パソコン速記通訳の手引書も必要だ。3人の追求は終わるところを知らない。
このプロジェクトのおかげで、パソコン速記通訳が難聴学生にとって実際に役に立つものであり、しかも本学において実現可能なものであることが確認できた。難聴学生にとっても手書きのノートテイクとパソコン速記という選択肢が増えたことになる。そして何よりも、パソコンを使った速記通訳においても、「結局は、様々な場面で情報の送り手と受け手との間のコミュニケーションが重要だ」ということを学ぶことができたことも、本プロジェクトの大きな収穫の一つであった。
続きを隠す<<