原点回帰~なまら笑顔で楽しむべ~

札幌学院大学バリアフリー委員会
 

現在、更新停止中です。
今後については、詳細が決まり次第お知らせいたします。
 
札幌学院大学
 
サイトマップ委員会について活動内容活動報告カレンダーお知らせトピックス各種資料リンク集メールBFの会 (OG・OB会)

2013年度 バリアフリー委員会

バリアフリー委員会は多くの学生が登録し、 多くの教職員の方々、そして、大学の理解・協力を得ることができ、様々な活動を行うまでに成長しました。 現在に至るまでの経緯を紹介します。
 

現在

バリアフリー委員会の存在が大きく、有名になった前年度、そして新年度の活動が始まります。今後の活動がどうなるのか、乞うご期待です!
 

2010年度

支援学生は前期、情報保障40名、筆記代行14名、移動介助32名。後期は情報保障43名、筆記代行20名、移動介助35名でした。活動方針は「初心を忘れずに、みんなで新しいことに取り組んでいこう」です。

9月25日にはバリアフリー委員会設立10周年を記念して「バリアフリー委員会10周年記念企画」を行いました。10周年記念企画として、障がい者福祉をテーマとした映画製作・配給活動で著名な中橋真紀人氏、本委員会の創設に関わられた現大東文化大学法科大学院教授南隅基秀氏をお迎えし、講演をして頂きました。

10月には道都大学主催のsapporo unifesに参加し、大学内における情報保障について説明会を行いました。さらに i Phone を用いての遠隔講義保障の試験校にも選ばれ、現在試験的に使用しています。11月には北海道大学でテイク講習会を行い、1月には日本福祉大学の関係者の方が本学に視察に訪れ、バリアフリー委員会のプレゼンテーション及びサポートデスクにおける映像への字幕入れ作業の様子を見学されました。
 

2009年度

2009年度の支援学生は前期、情報保障45名、筆記代行20名、移動介助28名。後期は情報保障46名、筆記代行25名、移動介助26名でした。活動方針は前年に引き続き「みんなで作る、みんあのためのバリアフリー委員会」です。2009年3月に定年退職された元人文学部教授の酒井恵真先生から「バリアフリー委員会の活動に役立ててほしい」と大学に50万円の寄付がありました。さらに、活動資金にと段ボール7箱分の本も譲り受け、これらを活動資金にさせていただきました。

学生相談室や学習支援室と障がい学生や支援学生、教職員との連携協力体制が強化されました。さらにサポートデスクの組織的な取り組みにより、聴覚障害学生の情報保障の進展とテイカーの負担軽減の取り組みが積極的に行われた年でもあります。
 

2008年度

2008年度の支援学生は前期50名、後期は情報保障 43名、介助25名。活動方針は「みんなで作る、みんあのためのバリアフリー委員会」でした。この年からサポートデスクが映像教材への字幕入れを本格的に開始し、60本の映像教材に字幕を入れました。また、第10回ろう教育フォーラム in 北海道の分科会Ⅱ「大学における情報保障の取り組み」において、新國先生と学生代表が「大学における情報保障」、「札幌学院大学のバリアフリー委員会」と題して講演を行いました。
 

2007年度

6月に「聴覚障がいの理解と支援方法」をテーマに吉川あゆみ氏(関東聴覚障害学生サポートセンター)と中島亜紀子氏(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター)のお二人に講演いただきました。7月にはUniversal Designキャンペーン番組 UHB北海道文化放送「石井ちゃんとゆく!」でバリアフリー委員会の活動が紹介されました。11月には札幌学院大学に四国学院大学CHCセンター(The Committeee for Human Rights Cultural Diversity)の方々、学生・教職員22名が訪れ、我々バリアフリー委員会の学生と交流しました。その他、朝日新聞やほっかい新報などにバリアフリー委員会が召集されるなど、情報発信の年となりました。

リーダー:敦賀佑樹
サブリーダー:
布田美穂子
 

2006年度

支援学生は前期70名、後期65名。活動方針は「バリアフリー委員会全員がテイクに参加する」でした。これまでテイク活動を編成部・養成部に分けて活動していましたが、2006年度からはテイク統括部として編成・養成の二つを統括する部に変更しました。

札幌学院大学の入学式では厚生年金会館にてバリアフリー委員会から4名のPCテイカーを派遣し、難聴学生に対して入学式で初のテイクを行いました。5月には名寄短期大学「バリアをなくそう会」から招待されバリアフリー委員会の活動紹介の後、ノートテイク体験講座を行い、難聴学生への講義支援についての理解を深めていただきました。2006年度後期以来、バリアフリー委員会から浅井学園大学へノートテイカーの派遣を開始しました。
 

2005年度

支援学生は前期53名、後期44名。活動方針は『障がいをもった学生と「共に考え、共に取り組み、共に生きる」』でした。

7月27日の北海道新聞朝刊の「学生リポーター走る キャンパス最前線」にバリアフリー委員会を紹介する記事が掲載されました。

11月5日にはバリアフリー委員会が設立5周年として、札幌学院大学SGUホールにて、長崎ろうあ被爆者・ 山崎榮子氏による「障がいと世界平和について考える」というテーマで講演をしていただきました。

1月28日は札幌学院大学において「重度難聴学生たちと共に学ぶ環境の構築を目指して」と称する講演会が開催されました。
 

2004年度

これまで多くの失敗を繰り返し、反省を重ねることで積み上げられた色々な経験をもとに、2004年度の体制作りが前年度末頃から始まりました。

2004年度は、これまで世話人としてバリアフリー委員会の援助を頂いていた南隅先生の東海大学法科大学院への異動に伴い、世話人代表が新國先生へ引き継がれました。バリアフリー委員会の学生組織は、編成部、学習部、広報部、交流部、CAR部の5つの部からなる新体制となりました。活動方針は前年度に引き続き「バリアなき社会を目指し、障がいをもった学生とともに諸問題について取り組み、ともに歩む」でした。支援学生は前期64名、後期33名。広報部からバリアフリー通信の発行が開始されました。さらに車椅子学生への支援として、筆記代行や登下校介助も開始されました。また、交流部の活動が活性化し、新入生歓迎会、卒業祝賀会、他大学も参加可能のスポーツ交流会を実施しました。 

新しい取り組みの一つが広報部です。バリアフリー委員会ホームページ制作や、バリアフリー委員会の活動を広く知ってもらいたいということから、毎月1回発行のバリアフリー通信の発行を行いました。もう一つの取り組みが、積極的に肢体不自由学生とも関係を持ち、情報交換、収集を行い交流をはかることです。肢体不自由学生に対しては、筆記代行、登下校時の車いす補助、そして大学におけるハード面でのバリアを除去するため、意見・要望を集約し大学に提出し、施設設備の改善を求めるという活動を行いました。

リーダー:宮町悦信 / 社会情報学部
サブリーダー:長谷川祐也 / 法学部
 

2003年度

2003年度はバリアフリー委員会としての活動が躍進した年です。きっかけは、バリアフリー委員会所属で人文学部教員の高橋渉先生の声掛けでした。言い回しは違いますが、内容としては…「バリアフリー委員会とは講義保障をするだけの団体ですか?難聴学生へのサポートだけをする段階のままで良いのですか?」という問いでした。

昨今ではよく耳にする「バリアフリー」ですが、いったいこれは何か?バリアフリーとは、障がいのある人が社会生活をしていく上で障壁(バリア)となるものを除去するという意味でつかわれます。ここでいうバリアとは、一般的に「物理的・制度的・文化、情報面・意識上」のバリアという4つを対象に用いられます。

高橋渉先生の声掛けにより、バリアフリー委員会の原点に戻らなければならないと感じ、バリアフリー委員会では先に述べたバリアがいまだに大学や社会に数えきれないほど残っているために、障がいを持った学生が情報を得ることや、社会参加することを阻まれているという現状を理性的にとらえ「バリア無き社会」を目指し「障がいを持った学生とともに諸問題について取り組み、ともに歩む」という考えを持った学生が集まり、日々活動するべきであると考えました。

重度難聴学生だけではなく、肢体不自由学生にもこれから入学してくるかもしれない様々な障害を持った学生に対しての入学してきたときのための準備・サポートを確立していかなければなりません。

支援学生は前期40名、後記37名。 活動方針は「バリアなき社会を目指し、障がいをもった学生ともにと諸問題について取り組み、ともに歩むでした。前年度に築かれた体制をもとに学生たちの取り組みが大きく進展した年です。テイカー養成以外に学習統括部、交流部、CAR部の3つの部門を作り、学習統括部による手話勉強会の隔週開催、交流部による他大学の手話サークルとの連携・交流、CAR部による車いす交換を目的としたアルミ缶拐取活動がはじまりました。また、「全国ろう学生の集い」や「北海道重複障害研究大会」など、様々な講演会やワークショップに積極的に参加しました。

リーダー:宮町悦信 / 社会情報学部
サブリーダー:長谷川祐也 / 法学部
 

2002年度

バリアフリー委員会に参加する支援学生は前期29名、後記29名。バリアフリー委員会が本格的にスタートしたこの年は、委員会の組織的な活動の基礎が築かれた年でもあります。活動方針は …、
  • 活動の継続性を考えて特定の個人に依存しない
  • 将来的には大学として支援に取り組むことを目指す
でした。学外講師を招いて講習会や手話教室を開催し、さらに大学、各自治会から初めて援助を受けた年でもありました。また、この年に現在のパソコン通訳による講義保障の基礎が作られ、実際にパソコン通訳の活動が始まりました。

バリアフリー委員会の活動は学生主体の活動という事のため、教職員は代表者ではなく世話人という形で活動の指導・協力を受けています。2002年度現在、南隅基秀先生が世話人を引受けて下さっています。教職員の多大な協力を受け、益々の発展を遂げようとしている時期です。この年から様々なバックアップもあり、学生の登録数も少しずつ増え始めました。

代表:
山口渉
 

バリアフリー委員会の設立

情報保障ボランティア団体が設立された年の翌年の2001年、社会情報学部にも1名の難聴学生が入学されました。この年に有志の教職員、難聴学生、支援学生10数名が集まり、誰もが参加できる「バリアフリー委員会」へと名称を変えました。
 

情報保障ボランティア団体の設立

1999年4月に重度難聴学生が法学部に入学されました。大学にはこの方の事情がよく伝わっておらず、結果として講義保障は行われませんでした。その翌年に法学部4年生の学生が「情報保障ボランティア」という団体を設立し、少数の学生を集め情報保障の取り組みを開始しました。

設立時点では全くゼロからの始まりで、筑波大学が作成したガイドブックで学びながら、ノートテイカーの養成を行い活動を行いました。協力者が少ないことからテイカーを満足に配置することができなかったり、大学から希望通りの予算をつけていただけないことを始め、多くの困難がありました。しかし、情報保障ボランティア団体の学生は全くの無償で、困難があっても日々講義保障の活動をつづけました。

設立:藤懸久明/法学部4年